そのツノに触らせて

 

 

「ソロモン、待て、待つんだ」
「待たない。ムリだ、こんなの、」
 ベッドまで追い詰められたバルバトスに、ソロモンがにじり寄る。珍しく欲を隠す素振りのないソロモンに、バルバトスは気圧されていた。
 壁がバルバトスの後退を阻んだ。ソロモンの目が一層キラキラと輝く。この瞳が向けられている対象が己でなければ、バルバトスはその瞳を美しいと思っていたに違いない。それくらい純粋に、透き通った目をしている。
「待て、まってくれソロモン、」
 ソロモンの影がバルバトスを覆った。彼の褐色の皮膚に乗った黒い爪がゆっくりと、しかし自制の働いていない速度でバルバトスに伸ばされる。それが体のどこに触れようとしているのか、バルバトスは理解していた。
 これから訪れる感覚に備えて、バルバトスは強くまぶたを閉じた。かなりの人生経験は積んできたつもりだが、こんなことは初めてだ。ましてや、少年に翻弄される日が来るなんて。想像だってしたこともない。
 視覚の情報を遮断することで感覚が鋭敏になってしまうことを思い出したバルバトスは、慌てて目を開けた。それと同時に、頭の少し上の部分にソロモンの手が触れた感触を拾う。何年ぶりになるだろうか。当時とは違う身体で感じ取ったその感覚は、やはり当時とは全く違っていた。
「本物のツノだ!」
「ッ、……ちょっ、と、ソロモン」
「あっ!? ごめんバルバトス痛かったか!?」
 ムズムズとした感覚が、頭部全体を走り抜ける。メギド体で生きていた頃にはなかったものだ。これは少し困ったことになったと思いつつ、バルバトスはやんわりとソロモンを押し返した。ツノに夢中になっている少年は、それでも手を離さなかったが。
「痛くはないんだけれど、その……少し、ね、」
「少し?」
「色々とあるんだよ、ッ……。ソロモン、そろそろいいだろう? とりあえず、ツノから手を離してくれないか?」
「あ、ああ、ごめん。すぐに――」
「ひゃッ、……!?」
「バルバトス!?」
 爪や指の間に絡んだバルバトスの髪を払おうとしたソロモンの指先が、隠していた髪を意図せずかき分けて、バルバトスに生えたツノの根元に触れた。撫でるように滑ったそれと呼応して、電流が足の先まで駆け抜ける。思わず出てしまったハイトーンの悲鳴に、慌てて口を手で塞ぐ。そんなバルバトスの姿に驚いて、ソロモンもうろたえた。
「ああ、だいじょうぶ。問題ないから……。俺が慣れるまで、ツノに触るのは少し我慢してくれないかい……」
 生理的なものか。じわりと薄く潤んだ青い目と赤い頬を見て、ソロモンはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 
 

(20191107)
(20200412:タイトル追加)