ヴィータであるということを自覚して、その繁殖方法に興味を持った。性別というものを持つヴィータは、男と女が生殖行動を行うことで繁殖を繰り返すらしい。しかも、母体一人につき、子どもは一人だ。非効率だなと思いつつ、幻獣にも有性生殖をするものは数種類はいたな、という記憶を引っ張り出す。
ヴィータのその行動を見る機会はあった。それを見られると、どうやらヴィータたちは気まずいという感情と恥ずかしいという感情を抱くらしく、まだ少年の姿をしていたバルバトスは口止めの代わりに豪華な食事を提供してもらったことが何度かある。
ヴィータが、繁殖のためではなく娯楽のために生殖行動をするのだと気付いたのは、自分自身がそういうものに巻き込まれたときだった。少年の姿の、性に無知であるように見えるバルバトスにそれを迫ったヴィータの男は、男も妊娠するよ、と有りもしないことを、ねっとりとした呼吸と一緒にバルバトスへ囁いた。少年には見えるが二十と数年は生きてきたバルバトスはもちろん、ヴィータの男が妊娠などしないことを知っていたが、まだ自分の知らないことがあるのかもしれないという好奇心のままに「男も妊娠するのか?」と返した。それがまた、そのヴィータの男の劣情を煽ったことは言うまでもない。
男はバルバトスを、自身と同様に肉欲へ溺れさせ、あわよくば自分だけのものにしてしまおうと考えていたのかもしれないが、当のバルバトス本人はというと「いい経験だった」と一言述べたきりすっかり興味を失っていた。そこそこ乱暴にされたせいで体中に痛みはあるが、メギド時代の傷に比べれば――いや、比較のしようもないくらいの些細な痛みだった。せいぜい、ヴィータの体には少し酷だという程度のものだ。男は激昂してバルバトスに殴りかかってきたが、普通のヴィータの少年ではないバルバトスがそれをあしらうのは、知らない楽器を扱うよりも容易いことだった。公の場で子どもに襲いかかった男がどうなったかは、バルバトスには与り知らぬ場所の話である。
そこからしばらくは、そんなものとは無縁だったのだが。バルバトスの姿が、体の遅い成長と共に整うにつれて、酒場で個人的に声を掛けられる機会が増えた。バルバトスが、また新しい気づきを得たのはその頃だ。
どうやら、自分のヴィータとしての姿は、ヴィータの女性だけではなく男にも影響を与えるらしい。この体の、元の持ち主になるはずだった魂の彼には、少しばかり申し訳ないという気持ちを抱く。その影響が、名誉あるものだとはあまり思えなかったからだ。
酒場の二階、要するに「そういう行為」のために造られた場所へ上がろうと誘うのは、男女の割合で言えば五分五分というところだった。二階のない酒場より、ある酒場の方が圧倒的に声を掛けられることが多かった。
いくらヴァイガルドやヴィータの文化に詳しくないバルバトスといえども、むやみやたらにそんなことをするのが異常であるということは理解していた。流れの旅人、物語を運ぶ吟遊詩人としてのイメージに、それが付いてくるのは望むところではない。バルバトスは、数多の誘いを体よく断って、そのヴィータの、特に男の顔を覚えることに努めた。
さっさと引き下がってくれる相手なら何の問題もなかった。しつこくても、女性ならまだなんとか言葉で穏便に躱すことも出来る。厄介なのは、力に訴えてくる者たちだ。
体格差だけをアドバンテージとして振りかざしてくる男はまだいい。問題なのは、バルバトスが旅人であるというところにつけ込もうとしてくる、その村や町で権利を持っているタイプの男だ。
内心でため息を吐きつつ、バルバトスはそういう男の要求に、こっそりと応えることにした。そんな男は、すでに伴侶がいることがほとんどで(だから男もバルバトスに弱みを握られていることには変わりないのだが)自分を組み敷いたという優越感に浸っている男はそれに気付かない。あまりに酷ければ、相手が自分であることを隠して男の妻に密告し、余裕があればその家の重要なものを持ち去り、十年単位でその街や村に近づかなければ、解決だ。自身の特性を最大限に活かした、我ながら良い作戦だとバルバトスは思っていた。
こういうところが、いかにもヴィータらしくない。そう自嘲しつつ、使えるものは使おうかと楽観的に生きてきて、早いもので数十年だ。ヴィータとしての感覚は、一行に世界と一致しないままだったが、それが吟遊詩人として褒めそやされる一風変わった感性に繋がっているのもまた事実である。どこか浮世離れした、ヴィータのようでヴィータではないほどの才能があると巷で噂になっていることをバルバトスは知っていた。
(まあ、ただのヴィータじゃないのは本当だけど)
小さな酒場の小さな舞台で歌いながら、閉じていたまぶたをスッと開く。愛を語る詩に、音をつくるバルバトスに、酒場にいる全員が釘付けだ。
そこを見渡すと、やはり、いる。
その歌に、その音色に聞き惚れているだけではない、べたつくような視線がひとつ――いや、ふたつ、みっつ、もしくはそれ以上。
全員をあしらうのは骨が折れるな。バルバトスは歌の最終フレーズを喉で奏でながら、ぼんやりとそんなことを考え始めていた。
(20200108)