片道切符にさようなら - 1/2

 
 

 師匠はすごいのです。たった数人で灰域種を倒した精鋭の、その中でも突出した実力を持つ「クリサンセマムの鬼神」。顔色ひとつ変えずにアラガミを屠る、その名に劣らない戦闘を目の当たりにした僕は、一瞬で師匠の強さの虜になってしまいました。
 無表情な師匠ですが、表情がないわけではないのです。初めて見た師匠の笑顔は、荒野に咲く花のように美しいものでした。鬼神だなんてとんでもない。そこにいたのは可憐な少女そのものでした。
 師匠が僕たち教え子の前で笑うことはありません。特に、正規のゴッドイーターの前では。師匠がミナト・ペニーウォートでゴッドイーターに酷い仕打ちを受けていたのは陰で噂になっていますから、僕たち教え子は誰もそれを咎めたり、問い詰めたりはしません。ですが、師匠の笑顔が見たいのは見たいわけで。今日はそれが叶ってしまいました。
 何か一つでも欲が満たされると、次の欲が出てくるのが人間というものですよね。僕は、師匠が笑顔を向けている相手が気になって仕方がありませんでした。だから。だから、師匠に悪いとは思いつつもこっそりと、柱の陰に隠れて見えない師匠の話相手のことを覗いてしまったのです。だって気になるじゃないですか。正規のゴッドイーターである自分が決して見ることの出来ない、師匠の笑顔を引き出す人間が誰なのか。
 正直、僕は師匠の人間関係については殆ど分かりません。知っているのは、灰域種を討伐したメンバーの名前くらいです。あ、ジークさんだけは顔と名前が一致しますね。それと、ヴィクトリアス家のご令嬢であるクレア氏くらいでしょうか。
 僕が見た師匠の話相手は、ジークさんでもクレア氏でもありませんでした。黒髪黒眼を持つ男性だったのです。僕は彼を見たことがありませんでしたが、データベースの情報から消去法で彼が「ユウゴ・ペニーウォート」という人物であると判断しました。……いや、見たことがないというのは嘘になりますね。
 僕はユウゴさんを、間接的にですが見たことがありました。師匠の魅力に触れてファンになったその日にデータベースを漁った時、師匠たちが灰域種を討伐した戦闘記録に映っていた人物だったからです。戦闘能力では師匠に劣ると言われているものの、その立ち回りには目を惹くものがありました。師匠やジークさんがアラガミに向かって切り込んでいくその後ろで、的確にフォローを入れていたのです。補助に秀でていると言われるクレア氏に引けを取らない実力でした。そのユウゴさんが、師匠と話しをしている。師匠は見たことがない柔らかな笑みでユウゴさんの話しを聞いていて。僕はそこで思ってしまったのです。あれが本当の師匠の姿なのだと。
 僕は、弟子の間では恐らく僕しか知らない師匠の新たな一面を見つけることが出来て、内心舞い上がっていました。特別感が僕の心を弾ませていたのです。けれど、どこか納得出来ないような、間違いを指摘したくなるような、そんな感情もありました。
「お前、そりゃ恋だろ」
「恋?」
 そのことを同僚に話すと、そんな回答が返ってきました。
 恋。こい。僕が、師匠に恋。
 すぐには理解出来ませんでした。僕にとって、師匠は憧憬の眼差しを向けるべく人物であり、恋愛の対象にはなり得ないはずだったからです。
「お前はそのユウゴって人が、鬼神さんにとってどんな特別な人間なのか気になるんだろ。普段プライベートな部分を全く見せない鬼神さんにとって、その人が特別な人間に見えたから、そんな風にもやついてるんだって」
 初めに断っておきますが、彼は師匠の弟子でも何でもありません。僕が毎日のように師匠のことを彼に話すのですが、名前よりも「クリサンセマムの鬼神」という異名が記憶に残ったようで、師匠のことを鬼神さんと呼ぶのです。そんな彼は僕の数少ない理解者で、AGEに戦闘技術を学ぶのだと僕が言ったとき、同僚の中で唯一それを肯定してくれたのが彼なのでした。
「とにかく、それで戦闘に支障が出ると困るから、気になるならさっさと解決してしまえ。今度任務の一環でクリサンセマムの船に乗るんだろ? その時聞いてみろよ」
「聞くって、師匠に?」
「いや、本人に聞いてもいいけどさ……それでお前、万が一ユウゴって人が鬼神さんの恋人だったらどうするんだよ……本人の口から聞いて、耐えられんのか……?」
 俺ならムリだ……と苦笑する彼の言葉を聞いて、確かにと納得しました。恋というものは生まれてこの方したことがないのでイマイチ理解不能ですが、恋人というものは分かります。確かに、師匠本人の口から恋人だと宣言されてしまったら、僕はしばらく立ち直れないかもしれません。
「だろ? 自分へのダメージは最小限になるようにした方がいいと思うぜ」
 そう言うと、僕の理解者たる素晴らしい同僚は上司に呼ばれて去って行きました。取り残された僕は思います。師匠の目を避けて、かつユウゴさんの目も避けて――ジークさん辺りに聞いてみればいいでしょうか。しばらく船に滞在することになるので、時間はかなり取れそうです。
「――がんばって、傷を負わないように聞いて見ましょう……!」
 鼻息荒く意気込む僕を、通りがかった別の同僚が驚いた顔で見ていましたが、特に気にはなりませんでした。僕は三日後に迫るクリサンセマム乗船後の聞き込み調査に燃えていて、それどころではなかったのです。

 
 
【ジークさんによる証言】
「あいつとユウゴの関係について知りたい? なんだ、そんなことかよ。真面目なお前がコソコソと呼び出しなんてするから、何かあったのかと思っちまったじゃねえか。……で、なんで急にそんなことを聞くんだ? お前、ユウゴと面識あったっけ? ない? ……なんなんだよホントに……こんなんばっかか……。ん? ああ、わりぃ。こっちの話だ。あいつらの関係について知りたいんだったよな、つっても、俺が話せることなんて何もねえぞ? あいつらは同じ日にペニーウォートでAGEになったらしいから、たまに俺にもわかんねえような会話の仕方するんだよな。なんて言うんだ? こう……イチレンタクショー? イシンデンシン? そんな感じなんだよなー。戦闘でのコンビネーションも抜群に良いしな。戦闘記録、見たことあるか? 昔からああなんだよ。目を合せただけで会話が成立してるんだぜ。エスパーかよってな。え? 聞きてえのはそんなことじゃない? 何なんだよマジで……。あいつらの関係なんて、幼馴染み以外にあんのか? ……あー、もうワケわかんねえな。ユウゴのことが気になんなら、データベースとかあいつ本人に聞いたほうがぜってぇ早いって……。あーそうだ。ルル辺りにでも聞いて見ろよ。ユウゴと良く戦闘訓練してっからさ。俺はどうも一緒にいた時間が長ぇからか、あいつらについて聞かれてもうまく答えらんねえわ。わりぃな」

 
 
【ルルさんによる証言】
「距離が近すぎると思わないか、だと? あれが幼馴染みというものではないのか? 違う? そうか……私はあまり人間関係というものがよく分からないから、君の役には立てないかもしれない……。そんなことはない? 私から見たままのユウゴたちのことを聞きたい、と。……ありがとう、君はAGEにも優しいんだな。――すまない、本題から逸れてしまった。ユウゴについて聞きたいのだったな。ユウゴたちと私が出会ったのは偶然に過ぎなかったのだが、私はあいつほど頭の回る人間を見たことがないよ。無価値同然の扱いを受ける私たちだが、唯一無二の価値を見いだしてそれを的確に活用出来る。教養が無いことが当たり前のAGEにとって、そこまで出来る人間は少ないからな。あれは類い希なる天才の頭脳を持っていたのだろう。――む? 彼女との関係はどうか、と言われれば、やはり幼馴染みだろうとしか答えられないが……彼女がアラガミから致命傷に近い傷を受けて寝込んだときには甲斐甲斐しく看病していたのが印象に残っているよ。仲間思いなのは骨身に染みるほど感じていたが、幼馴染みともなると心配でたまらなかったのだろうな。寝る間も惜しんでいたから、私たちが総出で休ませたくらいだ。コイビト……とは何だ? 幼馴染みとはまた違うのか? すまない……私では君の力にはなれないようだ……。こういう話なら、クレアが一番よく知ってるんじゃないだろうか。私から声をかけておこう。これくらいしか出来なくてすまない。ああ、それから。二人のコンビネーションの秘密が分かったら私にも教えてくれ。約束だぞ」

 
 
【クレア氏による証言】
「ルルさんから話は聞きました。お言葉ですが、その……あまりこのような詮索はなさらないほうがよろしいかと思いますが。ユウゴさんたちの過去について探っているのですよね? えっ、違うのですか? てっきりAGEであるユウゴさんたちが疎ましいのであら探しをしているのかと思って……すみません、早計でした。それで、お話は……ユウゴさんたちが、恋人かどうかが知りたい、と。あなたもしかして、彼女のことが――――なんだ、ご友人が、なのですね。それで、アプローチのためにユウゴさんとの関係を知っておきたいと。……なるほど、そのような色恋沙汰とは随分離れたところにいたので、私には少々荷が重いかと思いますが……。私から見たお二人の印象でいいのですか? それなら――この船に、フィムがいるのはあなたもご存じですよね。もちろん他言無用なので箝口令を破ってはいないと思いますが、ここから先もその延長線だと思って下さい。くれぐれも、私が話したことはお二人――特にユウゴさんには内緒にしてくださいね。フィムは彼女のことをお母さんと呼ぶのですが、どうしても、ユウゴさんがお父さんに見えてしまうのですよね。フィムに勉強を教えているのも専らユウゴさんですし。お二人は、両親のことを知らないからそれをなんとも思っていないようなのですが、父親と母親に見えると話題になったことがあります。それがあまりにも定着しすぎて、最近はそれすら思うことがなくなったのですが、こうやって改めてお話すると、やはりお二人には幼馴染みの枠を超えた何かを感じてしまいますよね。リカルドさんあたりもそう言っていました。――えっ、私の印象も変わった? 寡黙な印象だった、と……。ふふっ、久しぶりの恋バナなので少し楽しくなってしまいました。あっ、お願いですからユウゴさんには内緒にしてください……!」

 
 
【リカルドさんによる証言】
「よお、新入りか? ――なんだ違うのか。ああ、嬢ちゃんの弟子なんだな。ここでの生活はグレイプニルでの生活と随分違うだろう。慣れないことも多いと思うが、何かあったらすぐに俺たちに言ってくれればいい。なるべく快適に過ごしてもらいたいからな。……ほう? ユウゴたちについて知りたいってか? 何があったか知らないが、あいつらにその話は振るなよ。そんなんで折れるようなヤワなやつらじゃねえのは承知だが、どこまでかみ砕けてるかまでは外からじゃ分からないもんだ。俺たち正規のゴッドイーターとの確執が、あいつらに全く無いとは言い切れないからな。……そうだな。あんなとこで育ってきたにしちゃ、気味が悪いほどまっすぐに成長したんだなあとは思うな。あ、褒め言葉だぞ今のは。――あいつらの距離が近いのが気になるんだろ? 普通の男女なら何かのひとつやふたつあってもおかしくない距離感だもんなあいつら。まあでも、あんな環境に幼いころから身を置いてたってんなら、あの距離感も納得出来る。お互いしか頼れる人間がいなかったんだろうよ。あいつらがどんな関係かまでは、俺は知らないな。強いて言うなら、お互いにかけがえのない存在なんじゃないか? もうすぐあいつが帰ってくるみたいだから、当人に聞いてみな。ああそうだ。ユウゴには見つかるなよ」