相棒のミラージュ、クロムが姿を変えた武器であるレイピアは、イドラスフィアにおける非力で無力なただの男子高校生である樹の、まさしく生命線だった。
切っ先で線を描いて、落ちる稲妻は敵を焼き切る。何もないところから電撃が落ちるなんて、と驚いたのも数度のことだ。それでも今も尚、胸の高鳴りは褪せることがない。お手軽に、しかも何度も味わえる非日常は、怖いだけだった戦闘が少し楽しくなったきっかけだった。
一方、剣さばきはずっと不慣れなままだった。クロムの力をそのまま扱えるとはいえども、体は樹のままなのだ。
『イツキ! 目を開けるんだ!』
「開けてるよ!」
『当たる寸前に閉じては意味がない!』
「勝手に閉じるんだから仕方ないだろ!」
『それではいつまで経っても当たらんぞ!』
「今当たった!」
『偶然だッ!!』
だからこうして、経験の差によるミラージュとマスターの感覚のズレが生じる。獣のような断末魔をも凌ぐ言い争いは、倒れた敵の姿が煙のように消え去ってからも続いていた。
「はいはいお前らもうそれくらいにしておけよー。戦闘終わったぞ」
「だってクロムが!」『しかしイツキが!』
「わぁ、どっちも引かないね」
『ツバサ、私たちは少し見回りに行きましょう?』
「あっ、待ってよシーダ。置いてかないでぇ〜!」
敵を一掃し、更地になったイドラスフィアの奥へ二人は進んでいく。斗馬はヤレヤレといった様子で、睨み合う樹とクロムに向かってため息をついた。今日何度目かの、ヒーローらしからぬため息だ。
「絶対呆れられてるぜ、あれ。今日何回目だ? ったく……反省しろよ二人とも。特にイツキ」
「俺!?」
「当たり前だろ。ミラージュマスターになったばかりだし、怖いのはわかるけどよ。攻撃するのに目ぇ閉じるやつがどこにいるんだよ」
『クロムもだ。な、トウマ?』
『俺もか!?』
『イツキはマスターになって間もない。怖いのは当たり前だろう。トウマもそうだった』
「おい待てカインそれは言わない約束だ」
『己の力だけで戦ってはいけない。互いが息を合わせるんだ。トウマも慣れるまで大変だった』
「そうだぜ。だから一回ふたりで話し合ったりしてみろって。あとカインは少し黙っててくれ。俺の先輩としての威厳が曇る」
『大丈夫だ。トウマの強さはそんなことで変わるようなものではない』
「ちっとも大丈夫じゃねえ」
今度は斗馬とカインが問答を始めてしまいそうな、静かな攻防戦が起きていた。なるほど、これはため息のひとつやふたつ、吐きたくもなるな。樹はそんなことを思った。あれの程度が激しくなったものが、自分とクロムの言い争いかと実感したのだ。
斗馬のことを話すカインの声は、心做しか嬉しそうだった。マスターである斗馬の成長を語ることが出来るのがよっぽど嬉しいのだろう。クロムは樹に近づいて、二人には聞こえないくらいの小さな声で言った。そういうクロムの声もやや明るい。
「もしかしてクロムも……俺が強くなったら、嬉しい?」
マスターである樹にはクロムの感情そのものが伝わっている。クロムが喜びを感じているのは、樹にとって取り違えようのない事実だった。しかし、実際に言葉を交わさなければ真意など分かるわけがない。
少し高い位置にある、青い目に視線を合わせる。言葉を聞くよりも先にクロムが笑ったことに気づいたのは、マスターの樹だけだった。
(20200902)