letter song -answer-

 

 

 ユグノア王国の復興を願うロウのじいさんに、イシの村の復興を手伝いたいと言ったアイツの顔と声は、五年経った今でも鮮明に覚えている。憂苦の色を散りばめた、絞り出すような声量とは裏腹に、イレブンの表情は確固たる決意を持っていた。
「イレブンよ。心配せずとも初めからそのつもりじゃよ。イシの者にはむしろ挨拶をせねばならんくらいじゃからのう。礼ですら、いくらしても足りぬよ」
 そんな自分の孫の心情すら予想していたのだろう。じいさんは二つ返事でイレブンの相談を了承した。途端に目尻に涙を浮かべたイレブンをあやす姿は、まさに家族そのものであり微笑ましい。そうして育った故郷へ戻ったイレブンに会いに、オレたちは入れ替わり立ち替わりイシの村に赴いたのだった。
 オレとマヤが最初に訪ねたのは、マヤがメダ女に入学する前々日くらいだったんじゃないだろうか。マルティナの計らいで決まったそれを知らせに行くというのは、会いに行く口実として十分だった。口実なんて既に必要のない関係だったというのは、今だから言えることだ。当時のオレはまっすぐ過ぎるほどに、結局は前だけを見ていた。倒すべき相手や越えるべき障害を突破して、そこでようやくオレは立ち止まったと言えるだろう。右や左、上も下も。空は高く大地は広大で、海はどこまでも青い。後ろでさえ振り返ってみれば、様々な人間がいた。要するに世界はオレが思っていたより広かったってわけだ。
 それから三年分、世界もオレもマヤも年を重ねた。オレだけでふらりと立ち寄った何度目かの再会は、ありふれた感動とはまた一味違う。アイツは立派に村復興の中心人物としての役割を果たしていた。
「カミュ。久しぶりだね」
 村の入口でイレブンが迎えてくれた。もうすぐ二十を迎えるイレブンの、軽やかな笑みは数年経っても変わっていない。オレが最初に見たイシの村は焼き払われた後だったが、崩壊した建物も、燃え残った草木もなく、まるでそんな歴史なんてなかったみたいに穏やかな時間が流れている。
「今日はシチューでもいいかな。久々に作ってみようと思ってるんだ。あの頃みたいに二人で作ってみない?」
「おっ、いいなそれ。最初に作ったのは食えたもんじゃなかったけどな」
 お互いに気を遣いながら協力して作ったシチューは、材料はないわそもそも作り方は曖昧だわで散々な出来栄えだったことを二人同時に思いだして、村の入口で腹を抱えて笑った。あれから何度も料理はしたが、あとにも先にもあのシチューほど印象に残っている料理はない。
 数年ぶりに二人だけで思い出のシチューを作った。味も見た目もあの時の面影は一切ないけれど、優しさや懐かしさ、旅の酸いも甘いも詰め込んだような思い出が口いっぱいに広がる。
「ねえカミュ」
 最後の一掬いを口に放り込む。狙ったようにイレブンがオレの名前を呼んだ。コイツの皿には、まだ少しばかりシチューが残っている。イレブンはうまく言葉にならないのか、目を泳がせて口を開閉させていた。
「先に食っちまえよ、それ」
 促すとイレブンは「そうだね」と言ってゆっくりとスプーンを口に運んだ。食べる姿をまじまじと見ることはそれこそ二人旅最初のキャンプくらいだったが、数年前と変わらず、イレブンの所作は洗練されていて美しかった。たった数口。それだけのことだが。
「……ほら、食べたよ」
 その数口の間に考えはまとまったのだろうか。まあ言いたいところはなんとなく掴めてはいた。オレの考えを聞かせてくれと、イレブンは言う。
「僕ね、もう一度世界を回りたいと思ってる」
 やっぱり。と思う自分がいた。
「でもロウには、村の復興を手伝ったら次はユグノアの復興を手伝うって約束してるんだ。ロウのためにもしてあげたいし、僕自身もしたいと思っていることなんだけど……。旅をしていたころは余裕がなかったから……。その、僕、世間知らずなところあるし……」
 イシの村は以前と遜色ないほどに建て直された。オレの目から見ても一目瞭然だ。初めてここを訪れた人間は、この村が一度焼き払われたなんて言ってもおおよそ信じてはくれないだろう。それほどにのどかな空気が流れている。イレブンにとっても終わりが見えてきたのかもしれない。次に進むことを考えだしたのだろう。
「僕は旅に出てもいいのかな」
 オレの視線から目をそらし、イレブンは不安げにぽつりと呟いた。
 コイツは露ほども知らないだろうが、イレブンが村の再興を手伝いたいとじいさんに伝えた日。帰りの道すがらオレはじいさんの胸中を聞いていた。
「国の建て直しなんて本当は二の次でいいんじゃ。形あるものはいつか無くなる。それよりも、イレブンにはやりたいことをやらせたくてのう。少しでも一緒に過ごしたかっただけなんじゃが、あそこまで負担にさせてしまうとは思わんかった……。考えが甘かったようじゃ」
 どうやらこの博識なじいさんも、孫との接し方までは知らないようだった。
「そうだな。真面目なアイツにはちょっと酷だったかもな」
 ロウやマルティナたちは空白の十六年間をイレブンに会えたことで少しばかり報われたという。オレだってそうだ。どこかで会えたらと、まだ顔も見たことのない勇者様に淡い期待を寄せていた五年間の苦しみをアイツは取り除いてくれた。だがアイツ自身はどうなっている。勇者の証を持って生まれたために振り回されたイレブンの十六年間を、じいさんは憂いているようだった。だからこそ、これからは自由に生きてほしい。そんな気持ちと、唯一の孫と共にいたい気持ちをうまく表現できないことがもっぱらの悩みだと言う。
「まあ回りくどくせずに言うこったな。オレに言えるのはそれだけ」
 ちょっとおっとりした真面目なイレブンには、ストレートに伝えることが効果的。その経験を伝えておくことにして、じいさんとは別れた。
 オレが今日イレブンと会うまでの間に、ロウのじいさんとは何度か顔を合わせる機会があった。クレイモランの王女に謁見していたようだ。デルカダールやサマディーにも度々足を運んでいるらしい。じいさんはじいさんで、イレブンがいつ王国の復興を言い出しても良いようにしてあるんだな、と感心した覚えがある。
「もっとお互い素直に話せればなあ」
「えっ?」
「いや、こっちの話」
 つまるところイレブンは、今オレに話したことをそのままじいさんに言ってしまえばいいのだ。じいさんはダメだとコイツを止めることはない。イレブンの母親はもう一度旅に出ることをどう思うかは分からないが、止めるような人には見えなかった。
 そして相談を受けたオレも、コイツのしたいことを止める気はさらさら持ち合わせていない。
「よくわからないけど、カミュは僕の考えはダメなことだと思う?」
「全然。ダメじゃねぇからそれ全部、じいさんに直接言ってみな」
「そう? ありがとう。カミュにそう言ってもらえると勇気が出るよ」
 ぱっと明るくなった顔が年相応で輝かしい。旅をしていた頃はこんな表情を見たことがあっただろうかと指を折って数えたくなる。
「ねえカミュ。君にとって僕はまだ勇者様? それともなくなった国の王子様かな?」
 イレブンが、小首をかしげてこちらを見ている。哀愁を帯びた瞳はコイツの心情を映してはくれなかった。さっきまで手に取るようにイレブンのことを分かっていたのは気のせいだったのだろうか。
 質問の意図が掴めないまま、イレブンは言葉を続けた。
「僕はね、カミュのことはこれからもずっと相棒だって思ってるよ。だからいつでもここに来てね」
 心配しないで。そう語る陽だまりのような笑顔が、オレの持つ杞憂や不安の、なにもかもを見透かしているようだった。

 十年前に雪国を出た頃の自分は勇者に会えるなんて思ってもいなかった。五年前に勇者様の相棒になった時は、今もまだこうして会える関係でいられるなんて思ってもいなかった。めまぐるしくも充実した人生だったんじゃないだろうか。もし過去に戻れるのなら、十年前の、あの不幸せを呪っていたころの自分に伝えたい。今はとっても幸せだから、その不幸せも今の幸せの一部になるから、大切にしてほしいということを。五年前の自分には、勇者様が勇者じゃなくなっても、相棒の隣は変わらないから安心していいことを。
 今日はアイツが一年かけた旅から戻ってくる日だ。イレブンがまだ見たことのない制服姿のマヤと一緒に、とびきりの笑顔で迎えてやろう。

 五年前の出会いに感謝を込めて。

 
 

(20170910:相棒組懐かしボカロ企画様)