見えているのはあなただけ

 

 

 旅の途中に訪れた、何度目かのダーハルーネの町が、今日はなんだかいつもより賑わっていた。鼻腔をくすぐる甘い香りが潮風に乗って舞っている。町は一面を色とりどりの花で飾られており、行き交う人々はどこか晴れやかな顔をしていた。
 町で何が起こっているのか、僕を含めた仲間たち全員はてんで想像がつかずに町の入口で立ち尽くす。感動の声をやんわりと漏らしながら、その美しい光景に、誰もが目を奪われていた。
 ちょうどそばを通りかかった通行人に、カミュが声を掛ける。その人が言うには、今ダーハルーネでは花を贈りあって大切な人に気持ちを伝えあう、祭りにも近い記念日があるという話だった。
 それならば、そのまつりごとに参加してみようと言い出したのは、誰かは覚えていないが女の子のうちの一人だった。もしかすると、女の子たち全員がそう言っていたのかもしれない。僕がそれに肯定を示すと、すぐさま彼女たちは町中へ散っていった。その動きに、残された僕たちは目で追うことさえ出来なかった。
「え、と」
 僕はカミュを見る。僕の声に反応したカミュも、僕と視線が合うように顔をこちらに向けていた。
「僕たちも、参加してみる?」
 半ば選択肢も無いような状況で、僕はカミュにそう提案した。
「じゃあ日が真上に来るまでに、お互いの花を選んでこの場所で落ち合うこと」
 僕とカミュはそう約束をして、やっとその場から足を浮かせた。ひととおり町を歩き、華やかな花々に目を惹かれながらも、僕はカミュに渡す花をなんとなく選びきれずにいた。
「お兄さん、何をそんなに悩んでいるのですか?」
 あまりにも僕が花を睨みつけていたからか、端から歩いて数軒目の屋台の店員に声を掛けられてしまった。すみませんと謝って、前のめりになっていた背筋を伸ばす。
「どれも華やかな花ばかりで、迷ってしまって」
 僕は店員にそう伝えた。こんなに派手なものをカミュに送るのは、なんだかお門違いな気がしてしまって、僕はどの店でも購入に踏み切れずにいたのだ。嫌みなんかじゃなくて、彼にはもっと落ち着いた花が似合う。僕はそう思っていた。
「落ち着いた花のほうがいいってことかしら」
 それならこれがおすすめよ、と差し出されたのは、それまで僕が見ていたものとは毛色の違う、優しい紫色をした素朴な花だった。

 約束の時間の少し前に、僕は待ち合わせの場所に着いていた。アーチをえがいた橋の上で、僕はさっき選んだ花を傷めてしまわないように抱える。橋の欄干に背を預けてカミュを待った。僕の心臓は少しだけ早く動いている。カミュが、この気持ちに気づいてくれればいいのに、というわがままと、そこまではさすがに言えないという僕の羞恥心が闘った末に選ばれたこの花を見つめた。花言葉で、どれだけ僕の気持ちが表せるかはわからないけれど、少しでも好意が伝わればいいなって、下心を抱えている自分がいることには気づいていた。
 下を向いていると、遅れてやってきたカミュが僕のすぐそばに来ていた。悪いと謝られて、僕は時計を見た。まだ時間まで少し余裕があるのに、律儀だねと僕は返す。
 本題に入ろうか。そこまではよかったのに、どんな花を選んだのか、互いにお先にどうぞを言い合った。照れるんだ。ふたりで同じことをつぶやく。どこまでも一緒だなあと軽く笑い合った。ひとしきり笑って、僕は照れていたのがむしろおかしく思えてきてしまって、カミュに花を差し出した。
「僕のはペチュニア。花言葉を教えてもらったんだ。あなたといると心がやすらぐ、なんて僕からカミュへの贈り物にぴったりだと思って。いつもありがとう、カミュ」
 カミュは一息おいて「ありがとな」と僕の花を受けとってくれた。僕は嬉しくなって、つい口元が緩んでしまう。
カミュが僕の気持ちを受けいれてくれた。それだけでこんなにも舞い上がってしまうのに、隠した想いを伝える日がもし、もし来てしまったら、僕はどうなってしまうのだろう。
 有頂天な僕に、カミュも花を差し出してくれた。
「オレのはこれだ。イレブン、いつもありがとな」
 カミュから渡されたのは、花弁を持たない花――ブーゲンビリアだった。僕が渡した花よりもはっきりとした色を発している。僕はこの花に見覚えがあった。ついさっきまで、どこのお店でも一度は勧められていたものだ。
ひそかな思いを伝えるならこれを。どの花屋さんも同じことを言っていた。カミュも、そう言われたのだろうか。そんなことまで勘ぐってしまう。
「カミュッ……! これって、」
 僕の反応を見たからか、すぐに背を向けて「ちょっとあいつらの様子を見てくるわ」と去っていくカミュを、僕は慌てて追いかけた。期待が僕よりも早く走っていく。カミュの耳が赤くなっているのに気付くまで、そう遠くない距離だった。

 
 

(20171022:第10回カミュ主ワンライ「花言葉」)