寝台列車 - 6/7

【4】

 忘れるなんて、出来るわけがない。

 あれからまた数年が経った。リハビリをこなして、以前のように動き回れるようになったオレは、仕事の合間を縫ってイレブンが見つけたという、夢の世界に行く方法を探していた。成果はない。それでも、諦めるつもりはなかった。
 オレは動けるようになってから真っ先に、自分の目が覚めなくなった原因であるあの寝台列車がやってくる駅に、もう一度行ったのだ。けれどその列車は二度とやってくることはなかった。幸せは一度きりだと嘲笑うように、終電を告げるアナウンスが流れる。駅員につまみ出されて終わった。
「クソっ! ちょっとくらい融通きかせろよな」
 悪態を吐きつつ、俺はそろそろ雪でも降りそうな天気の中、夜道を家に向かって歩いていた。街灯に白い息を浮かび上がらせながら、かじかんだ指先に息を吐きかけ温めた。
 自宅に着いて、道中寄ったコンビニで買った弁当を食べながら、俺は考えていた。
 幸せな夢を見れる寝台列車の噂。それを確かめるためにオレは件の駅に行ったのだ。そしてやってきたそれに乗り、そのまま夢を見ていた。
 確かに幸せな夢だった。今まで生きてきた人生で得られなかった両親を得て、友人を得て、大学まで行き、平穏な毎日を過ごしていた。オレにとって、何もかもが都合よく出来ていたのも、オレの夢だからなのだと考えれば辻褄が合う。
 夢の中で渡された本は、オレの記憶だったのだろう。あの時はピンと来なかったが、話の内容はオレの人生と全く同じだったのだ。だとすれば、オレが本を捨てようとしたときにイレブンがそれを止めたのも納得がいく。本にあったあのメッセージだけが引っかかったが、確認する方法はない。そんなのは些細なことだ。
 最近になって、頭に浮かぶことがある。
 イレブンは、この世界のどこにもいないのかもしれない。
 それを振り払うように急いで弁当を食べ、空になった容器をゴミ袋に入れて、オレはかたりと引き出しを開けた。手にしたのは、ずっしりとインクを吸った、もういないイレブンからあの日渡された日記帳だった。持ち主に読んでほしいと言われたが、途中で読むことが出来なくなっていたのだ。
 この本にはイレブンの言うとおり、あいつの五年間について詳細に記されていた。オレが無様にも眠り込んでしまっている間に、イレブンにはこの上なく辛い思いをさせたのだ。そんな悲痛な叫びが、イレブンの言葉でつづられていた。
 あの日、あの病院のベッドの上でこれを読むには、オレはまだ全てを受け入れられる状態ではなかったのだ。イレブンの気持ちを知る度に、オレはなんて情けないやつなんだと己を叱責した。
(もういいかげんに、アイツと向き合わなきゃな……)
 オレは重たい日記帳を開いた。覚悟はしていた心の痛みが内側から体を食い破っていくようだった。
言葉の羅列を追いながら、オレはある一文に目を止めた。

「救いを求める回送列車……?」