寝台列車 - 7/7

【×××にて】

 カミュの夢の世界に、彼を迎えに行ってからどれだけの時間が経っただろう。僕は膝を抱えて、右に、左に揺れながら、ずっと黒を見続けていた。
ここには僕しかいない。太陽も月も昇らないこの真っ暗な世界の中で、それを数えるのはとても困難だ。僕はお腹も空かないし、年も取っていないように見える。時間なんてものはないのかもしれない。
 上も下も、左右もすべて真っ暗闇なこの空間は、カミュが作り出した世界の成れの果てだ。夢の主を失って、意義をなくした孤独な空間。
僕はやっぱりカミュの代りにはなれない。カミュにとっての幸福な世界だったここに存在した両親の代わりの夫婦も、友人も、町も、すべて僕には必要ないと奪われてしまった。
 そうして僕に残ったのは、悠久の時間と、この不可思議な肉体と、カミュのことを想い続ける心だけだった。
(カミュは今頃どうしているかな)
 きっと目を覚ましたはずだ。体はちゃんと、向こうにあったんだし。僕のことはちゃんと忘れてくれているかな。かわいい女の子と幸せになってくれているかな。そんなことばかり考えて過ごしている。
 確かめるすべもないのに、カミュのことを思い出しては胸にナイフを突き立てられたように苦しくなる。

 会いたい。カミュに会いたい。
 もう一度だけ、僕の名前を呼んでほしい。

 何度も闇の中に向かって叫ぼうとして結局声になることは叶わず、代わりと言わんばかりに流れていた涙も、もう枯れてしまった。
 僕はこのまま、生も死もなくここに漂い続けるのだろう。そう思っていた時だった。列車が止まる音が聞こえて、暗闇だったそこがぼんやりと明るくなる。
「肝心なところでいつも抜けてるよな、おまえは」
 ここには僕しかいないはずだった。
 僕の頭がおかしくなってついに幻覚が見え始めたんだ。
 枯れていた涙が一筋だけ伝った。ひとりぼっちで過ごしているうちに、忘れてしまったと思っていた声の出し方を、僕はまだ覚えていた。
「イレブン、探したぜ」
「あ……あぁ……」
 僕はそのあたたかい声を聞いて。
 何度も何度も記憶の中で触れた姿を見て。
「指輪、もう一度受け取ってくれるか?」
 優しく微笑むカミュに深く、深く絶望した。

 
 

(20180114)