本当は、この想いを伝えるつもりはなかった。あいつを失えば、俺はその現実を乗り越えられる自信がなかったからだ。
あいつは俺の半身とも言える存在で。共にいなければならない存在だから。
──「結婚式」の真似事をしたのは、自分の気持ちにケジメをつけるためだった。意味なんてわかりもしないだろうと、そして、これからも知ることはないだろうと、どこかそれを諦めていた俺が悪かったんだ。未来を掴む、人生を変えると意気込んでいたくせに、そんな未来なんて来ないと無意識に思い込んでしまっていたのかもしれない。染み付いた奴隷根性がこんなところにまで発揮されていたことには素直に驚いた。
だから、意味も分からずに誓いを復唱するあいつの無知につけ込むような真似をしてしまった。これは、俺がずっと抱えてきた闇のようなものだったのだ。そして優しいあの幼なじみは、何も知らないはずなのに俺が弱っていることを見抜いて一丁前に慰めてくれたのだった。あのときの冷たい体温を、一生の思い出にでもするかと。そんな気持ちでさえいた。(事実、俺は今日のこの話を聞くまでずっとその気持ちだったのだ。)土や汗や血に紛れてわずかに存在するあいつの香りに、とてつもない安堵感を覚えたことは、数年たった今でも忘れられない。
普通の未来を、望み続けてきた。まだ夢を見ているような感覚がするが、それは叶いつつある。けれど、あいつが本当の意味で誓ってくれる、俺のエゴのような理想の未来を、それが現実でいいと、他でもないあいつが言うのだ。俺があの時伝えた誓いの言葉を完璧に復唱して、俺が意地悪く伝えた想いをストレートにぶつけてくる。まさかあいつがあの言葉の意味を理解する日が来るなんて思っても見なかったが、あいつがそれを知ることが許された、この現実が嬉しかった。その未来に目を向けていいのだと保証されたような気がしたのだ。
あいつの肩に頭を預けたのは、この情けない顔を見られたくなかったからだ。なにを今更、とも思わなくもないが「これ」はやっぱり、俺の方からしたかったと後悔している。先を越されるのは想定外だったんだ。
息を吸い込むと、あいつの匂いがした。土と汗と、少しの血の匂いに紛れたあいつの香りだ。けれど、あの時感じたような安堵はそこにはなかった。怪我をしているのだろうか。そればかりが脳裏にちらつく。少し身じろぐと、大丈夫だとでも言うようにあいつが軽く頭を乗せ返してきた。じわりとあいつの体温が伝わってきて、今度はその温かさに安心する。あの時にはなかった温もりだ。もう一生、本当に離したくないと、俺は決意を固めた。早く返事をしなきゃな、ともう一度、次は大きく息を吸い込む。
「……ああ、俺も誓うよ。お前と、ここにいるみんなに」
あいつだけじゃない。この船にいる家族全員にだって誓ってもいい。誓いのベルは鳴らないが、こんな幸福にベルはいらない。
絶対に離したくない半身がこの手の届くところにいるのが、これ以上なく幸せだったんだ。
(20181218)
ストクリアしました!楽しかった!DLCの追加ストが楽しみです!
拙宅の、無口で感情の起伏が少ない女主ちゃんとユウゴくんの、誓いの言葉の話です。チュートのステージにあるあの大聖堂跡みたいなのがユゴ主ちゃんの結婚式場だったろ?!という強い思い(妄想)を形にしたかった……した……。女主ちゃんの無知と無垢を盾にして逃げ道を作るユウゴさんが見たかったのでそういうお話になっています。