【3】
結局誰も救えたためしがないと、鉄錆に満ちた歪な箱庭の隅でユウゴが嘆いていた。私もだからと、小さな声でその独り言に答えると、彼は何も言わずに下唇を噛んだ。
一方私は、ああまだ夢の続きかと、妙に落ち着いてそれを受け入れてもいた。さっきの夢は夢だと分からなかったけれど、今回は最初からそうだと分かっている。そこにどんな意味があるのかは分からない。今と対して変わらない頃の記憶を、今更見ることにも一体どんな意味があるのだろうか。そも、これは一体何の記憶だったか。皆目見当もつかないが、牢獄だけは昔と変わらない有様だった。
「なあ、お前はどう思う? この世界は正しいと思うか?」
端のベッドに座ったユウゴが、私に問う。さっきのように、するりと言葉は出なかった。つまり、私自身が考えて返事をしろということだろう。夢なのに、こんなずさんな構成で良いのだろうか。そんな疑問に目を向けるよりも前に、ユウゴの縋るような視線が私を刺す。
「この世界は、きっと、間違ってると思う」
私がクリサンセマムで得た答えはこうだった。少なくとも、この世界はまだまだ正しくなんてない。けれど敢えて、語気を強めて間違っていると否定した。そうすると、ユウゴの顔が安心したように自信を取り戻すのだ。(私たちは、依存し合いながら生きてしまったのかもしれない。否、きっとそうだった。)
「……だよな。ああ、そうだ。そうだよな」
私の言葉一つで、喪失していた自信を取り戻していくユウゴを見て、嬉しくなる。こんな歪んだ友愛こそ間違っているのに、私はそれを否定できない。ありがとなと彼が笑うから、私は今日も前に進めるのだ。
私はユウゴに生かされているから。彼に生きようと手を引かれなければ、とっくにこの命は散らしていたから。難解で厄介なこの感情に縋り付いてしまうのだ。
「……こっち、来るか?」
ユウゴが私に手招きをした。私は小さく頷きながら、一番近いベッドに腰掛ける。
向かい合うと足が当たった。本当に狭い空間だと、改めてその劣悪な環境を振り返る。あたりを見渡すと、どうやら今は私たち二人だけのようだった。夢なのだから、都合よく出来ているだけだと言われればそれまでなのだけれど。
せわしなく視線を彷徨わせる私に、なあ、と、またユウゴが話しかけてくる。
「お前はまだ、死んでもいいって思ってるのか?」
私は首を横に振った。ユウゴが言うそれは、幼かった頃の私の気持ちだ。
今は、死にたいだなんて思わない。ただ、この間違いだらけの世界からさよならをするその時まで、ユウゴのそばに居たいと思うだけだ。彼のいる世界だからこそ、生きていたいと思えるのだ。
そう伝えれば、ユウゴは安堵の表情を浮かべて「良かった」と吐き出した。私を見て、嬉しそうに笑って。
――――世界はそこで暗転する。