逆光の中に色鮮やかな夢を見る、子どもみたいな私をどうか笑わないで - 4/4

 
 
   【4】

 今度こそ現実だ。照明の眩しさに、視界が明滅して天井がよく見えない。
 夢を見ていた感覚は、なんとなく覚えていた。けれどどんな夢を見ていたのか、それを細部まで記憶することは出来なかった。よく眠れない日に見る、甘くて優しい幻だったような気もすれば、私が持つ記憶を反芻していただけのような気もする。
 魘されていたのか、じっとりと汗をかいていた。頬に貼り付いた髪がくすぐったくて、それを取り払おうと手を動かす。何か重いものが私の手の動きを阻んだ。
(あ……ユウゴ……)
 私の布団に突っ伏して眠っているユウゴは、瞳の下に大きな隈を作っていた。彼の頭が、私の布団を押さえているのだ。
 よく見れば、ここは乗組員室の私のベッドではなかった。他の部屋とは違う、独特な匂いが鼻をつく。それだけで、私はここが医務室であると判断した。
 どうしてこんなことになっているのか、私はすぐに思い出せなかった。何か大変なことがあった気がするけれど、思考がうまく纏まらない。けれど、彼の寝顔を見ることが出来たのは何故か少し嬉しかった。
 駆け寄るほどの距離もない。自由になった片腕を少し伸ばせば、その髪にすら触れられる。そんな距離にユウゴがいることがまだ、夢の延長線上にある幻のような気がしていた。その疑いを晴らしたくて、私は震える指を伸ばした。触れた瞬間に消えてしまわないでと強く祈る。こんな時に限って、瞼がひどく重い。まだ目を閉じたくはないのに、私の意識は微睡みに溶けていく。
「ん……、っ!? 目が覚めたのか!?」
 私はピタリと手を止めて、その手を布団の上に置いた。眠そうな目を擦ったユウゴが、がばりと起き上がって私を覗き込む。私に異常がないか確認しているみたいだった。唇をわなわなと震わせて、かと思えばその黒い瞳を潤ませて、怒っているのか泣いているのか分からない声で一言、よかった、と吐き出した。
「その、私は……」
「説教はあとだ。どこか痛むところはないか?」
 思い出した。確か私は、灰域種相手に下手を打って、その隙に喰われたのだ。そのまま意識を失ってここに運ばれたのだろう。体ごと粉砕されそうだったあの危機から、仲間が私を救ってくれたのだと、朧気な記憶と記憶を繋ぎ合わせる。
「ない……かな」
 体のどこにも支障はない。強いていうならとても眠たくて、とても眩しいだけだ。
 ユウゴは私の返事を聞いて、やっとそれまでの険しい表情を緩めた。夢の中で見たような、心の底から安心したとでも言うような顔をして、小さく息を吐き出した。その吐息が、静寂に消えていく。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
「お前がかけたのは迷惑じゃなくて心配だよ」
「そっ、か。そう……だね……」
「今度こそ、本当に起きないかと思った」
「……ごめんなさい」
 ユウゴが言うには、私はまた三日も目を覚まさなかったらしい。フィムがその場にいなかったために処置も遅れ、バイタルは低下の一途を辿るばかりだったそうだ。危険な状態であり、全クルーはアラガミ討伐任務を一時休止して私の看護に当たっていたのだと聞かされた。私はそれを聞いて、また「ごめんなさい」と謝った。
 ユウゴはバツが悪そうに頭を掻いていた。
「まだ本調子じゃねえんだ。もう少し寝てろ」
 朝までまだ長いぞ。と、ぽん、と頭に手を置かれ、あやすような手つきで二度、軽く撫でられる。幻でなくて良かったと、滲む涙をぐっと堪えた。
 ユウゴの言葉は、よく効く薬みたいに私を眠りへと導いてくれた。再びゆっくりと瞼が落ち始めた頃、ユウゴの手がそっと離れる。そのまま私に背を向けて、どこかへ立ち去ろうとしていた。
 待って、行かないで、ここにいて、と私の心が子どもみたいにダダをこねる。次の瞬間にはユウゴの名前を呼んでいた。
「どうした? やっぱりまだ辛いか?」
 それだけで私の方に振り向いてくれる、昔と変わらないユウゴについ甘えてしまう。
「夢を、見ていたの。ペニーウォートにいた頃の、懐かしくて怖い夢だった。この船で過ごす、今がとても幸せだから、私はすっかり忘れていたんだと思う。やっぱり私は、ユウゴがいないとダメみたい」
 ユウゴの服の裾をつまむ。こんなこと、言ったってどうにもならないのに。引き止めてまで話すことでもないのに。今の私はやけに饒舌だった。話し始めると、それまで忘れていた夢の内容がスルスルと浮かんでくる。怖くて、悲しくて、冷たくて、けれど嬉しくて優しくて温かな夢だった。
「……ダメなのは俺の方だ。お前がいない未来を考えられない、俺の方がよっぽどダメな奴だよ」
 ユウゴは、裾を掴んだ私の手を取って、私より幾分か大きな手のひらで包んでくれた。その手が持つ優しさは、両手を重ねたあの日から少しも変わってはいなかった。
「今は寝ろよ、ほら。それまでここに居てやるから」
 私はこくりと頷いた。それが合図になったのか、私は今度こそ完全に目を閉じた。ユウゴの体温が心地よくて、次はもっと、優しい夢を見られそうな気がしていた。
「おやすみ……また、明日……」
「そうだな。また明日会おう。――おやすみ」

 この依存的友愛に別の名前があることを知るのは、次に目が覚めた時の話だ。

 
 

(20181228)