初めましてにフタをしている - 1/2

 

『かわいい子ね』
遠い昔。記憶の縁にあるその声の持ち主のことを、ユウゴは全く知らなかった。
変わった幼なじみとも出会っていない頃の話だ。長い髪が揺れ宝石をはめ込んだような蒼の瞳がユウゴを見ていた。短い髪が風に靡き、混沌を詰め込んだ悪魔のような真紅の隻眼が遠くを見ていた。伸ばされた手は、人間のものではなかった。しかし、ユウゴに触れたその熱は、間違いなく人間のものであった。老若男女入り乱れた感情的かつ機械的な声は、何年もずっと耳にこびりついている。その存在は、一歩間違えれば数多の記憶のごみ捨て場へと落ちていきそうな、まさしく矛盾の塊であった。
その人物と話をしたのは、記憶にあるその一度きりだった。再会は叶わないまま、ユウゴはAGEになったのだ。おかしな言動をする幼なじみと出会ったのは、その間の出来事である。
彼女はとにかく変だった。自分のことは妾と言い、他者のことはお主と言う。昔からそうだ。目立つので止めろと言ったが、彼女がそれを改めることはないまま今に至る。ひらすらに天真爛漫を貫いていたその姿は、あの腐りきった環境には不相応だった。自分たちを管理していた人間の誰かが、精神の壊れたガラクタだと彼女を罵ったことは、今でも忘れられない。だが、自分でも嫌になるくらい腑に落ちた。この過酷な環境で、心が壊れない人間がいるものか。ユウゴは、心のどこかでそう思っていたのかもしれない。そして自分が全うにいられるのは、そんな壊れた彼女を見て、どこか冷静に状況を分析する自分がいたからだと思った。己の心は彼女に救われていたのだ。
「ユウゴ~? 何をぼーっとしておるのじゃ~?」
紫色のポニーテールを揺らしながら、彼女はユウゴの腕にしがみついた。この行動のせいであらぬ噂が立っていることを彼女は知っているのだろうか。聞いてみたいものだが、知ったところで気にもしないのだろう。容易に想像出来た。彼女は、記録に残る宝石のような瞳にユウゴを映していた。片目を隠した彼女の、その赤い目に映る自分の姿を見ながらユウゴは成長してきたといってもいい。それくらい長い付き合いだ。
「いや、ちょっと昔の話を思い出していただけさ」
「なんじゃなんじゃ~。つまらんのう」
ふいと拗ねてしまった幼なじみの奔放さに、ユウゴはため息をついた。自分も仲間達も、彼女のこの行動にはもう慣れきっているのだが、船に自分たち以外が乗る機会が増えた以上、やはりこの行動は改めてもらわなければならないだろう。そう思いながら周囲を見渡す。ユウゴは、ブリッジにいた関係者が目を丸くして自分たちを見ていることに気付いた。固まっているのは滅多に乗船してこない浅い関係者ばかりなのだが。ヒソヒソと話しているのはメディアの人間か。
また面倒な話になりそうだ。ユウゴは再度、大きくため息をついた。