「生きたいか」
目の前に横たわる、虫の息同然の少年にそれは尋ねた。空気の抜ける音が、砂の惑星で空虚に響いている。胸に、肺に、穴が空いているのだろうことは考えるまでもない。
返事は初めから望んでいなかった。素直にいうことを聞くような柄でもない。己の判断で力を行使し、己のために他者に干渉する。今までもそうやって生きてきた。質問なんて、ただの一度もしたことがない。
「返事をせい。でなければ死ぬぞ」
答えはない。小指の先ほどしかない矮小な命が消えていく様は、今までに何度も見てきた光景だ。しかし、今までとは何かが違ったのだ。
何が違うのか、分からなかった。ひとつ言えるとするならば。この死にかけの少年が己の心に楔を打ったのだ。他者を犠牲にして生き延びようとする姿は、この世界に蔓延る人間たちと一線を画していた。そんな人間が、ここでその一生を終えることを惜しいと思う己がいたのだ。
「それ」は少年を抱き上げた。あと数十秒後に、その命は燃え尽きようとしている。それでも「それ」は再度、少年に問うた。
「妾に望みを言うが良い。ただし、最後にその魂を妾に寄越せ」
破格の契約だ。本来ならすぐにでも魂をいただくところを、死後で構わないというのだから。同僚が見たら、笑われてしまうだろう。悪魔に慈悲の心なんて、と。
少年の瞳が薄く開かれた。 死の淵に沈んだ、濁りきった黒い瞳が「それ」を見た。唇が僅かに震えて、空気とともに声を発する。ほとんど声になっていないその音を「それ」は聞き逃さなかった。
「――――死にたくない、か。良かろう。その願い、妾が確かに聞き届けた」
少年の頭を撫でると、苦痛にゆがんでいた表情がスッと和らいだ。呼吸がしやすくなったのだろうか。みるみるうちに細胞が増殖し、組織が再生していくのが分かる。人間の姿を取り戻していくのが見える。頬についた血を拭ってやるころには、その瞳はほぼ閉じられていた。
「かわいい子ね」
腕のようなものの部分で眠る少年を眺めながら「それ」はにっこりと微笑んだ。
(20190309)