「シーダみたいになりたかったの。強くて、優しくて、きれいな……シーダみたいな人になりたかった」
ツバサがそう言ったのは、マイコさんと話したときと同じ、事務所で二人きりの時だった。応接室の代わりとしても使われる、大きなモニターがある入口のソファに座って、ツバサが主演をつとめる新作ドラマの放送を見ていたときのことだ。
「どうして、ツバサはそう思ったんだ?」
ツバサが相手なのに、これを聞くのが恐ろしかった。これからツバサが言おうとしていることは、すべて俺が目を背けていたことばかりなんだろうと分かっていたからだ。けど、聞かなくちゃいけないと思った。
「……笑わないで聞いてくれる?」
「もちろん。笑うわけないよ」
「ありがとう、イツキくん」
ツバサはモニターを見た。モニターには、槍を振り回すアクションシーンが映っていた。ツバサの役はたしか、武芸を嗜む家系のお嬢様だったっけ。様になっているその姿に懐かしさを覚える。
「シーダが帰っちゃって、なんだかぽっかり穴が空いちゃったみたいだったんだ。シーダが自分の世界に帰ることは分かってたし、そんな話だってたまにしてたの。だから、大丈夫だって思ってた。でも全然そんなことなくて……。そしたらね、このドラマの撮影で槍を持った時に気づいちゃったんだ。シーダがいたのは夢じゃないんだって」
「夢、か」
「うん、そう。夢じゃなかった。戦うときにいつも助けてくれていたことも、仕事のことで悩んだ時に相談にのってくれたことも、大人の女の人になりたいっていう子どもみたいなことに真剣に応えてくれたのも、全部夢じゃなかった。だって私、槍の扱いが上手だねって現場で褒められたんだよ。シーダと一緒に戦ったことが夢だったなら、私はあんなに上手く槍なんて扱えない」
ツバサは、今度は俺の目を見た。モニターを見ていた俺も、自然と視線をツバサに向けた。
「シーダみたいにはなれないって分かってた。それに、シーダみたいになっても意味がないってことも分かってた。私は私、織部つばさだから。私として戦っていかないとダメなんだって。でもどうすればいいか分からなかった。ぽっかり空いた穴はなくならなかった。でも撮影とか、歌ってるときとか、仕事をしているときだけは忘れられたんだ、色々考えてること」
「だから……たくさん仕事を入れてたのか」
「うん……マイコさんには止められたけど、それしか私には分からなくて。で、でもね。今日イツキくんに色々聞いてもらえてちょっとスッキリしたよ!」
「よかった。心配してたんだ」
「ごめんなさい……」
「謝るのは俺の方だよ。ツバサがそんなに悩んでたことに気づかなかったから。仕事の量、このあと調整しよっか」
「ハ、ハイ! お願いします!」
「ふ、ふはは……っ! なんか久しぶりに聞いた」
「ええっ!? ちょっとイツキくん! 笑わないって言ったのに!」
オンオフの切り替えが出来ていると言っていいのか悩むけれど、ツバサらしいと思ってつい笑ってしまった。ひどい、と頬を膨らませながらツバサも笑っていた。良かった、顔色も少し良くなったみたいだ。
スケジュールを確認する準備のために立ち上がる。ツバサも俺に続いてソファから立った。
「イツキくんは優しいね」
二、三歩離れたところで、ツバサが言った。彼女はその場に立ったまま一歩も動いていなかった。
「そうかな。普通だと思うけど」
「ううん、優しいよ。イツキくんがここに残ってくれて、実はすごく嬉しいんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。だってイツキくんがフォルトナに入ったのって、ミラージュマスターになったからでしょ? だから、事件も全部解決したし、みんなは帰っちゃったし、イツキくんがフォルトナに残る理由ってもうないなって思ってたから」
「まさか、辞めないよ。芸能の仕事も奥が深くておもしろいし、今の……社長の仕事もマイコさんが色々教えてくれるから、なんだかんだで楽しいし。どっちに進んでても辞めないよ」
「そっか。イツキくんが芸能の仕事を嫌いにならなくて良かった。結構色々怒られたよね~」
「……まあ、応援してくれる人もいたからさ。がんばろうって思えたよ」
言葉を濁したけれど、胸が痛んだ。俺の仕事を一番近くで応援してくれていた人が誰なのか、ツバサには見当がついているみたいだ。躊躇いがちに口にした言葉は、小さい声なのにやけに頭に残った。
「クロム、イツキくんがテレビに出てるのを見るのが好きだったもんね」