「スレイ」
ミクリオがそう呼ぶから、スレイは振り向いた。
白銀のように白く、泉のように清く透き通った透明な蒼の髪が、スレイをいつも惹き付ける。視線と一緒に心臓まで絡め取られて、スレイのことを逃がさないのだ。
振り向いた先では、ミクリオがスレイのことを見ていた。
こうして対面するのは随分久しいような気がしている。何か話そうとして、何を話せばいいか分からずに、スレイはそのまま立ち尽くしていた。
「スレイ……」
ミクリオがもう一度、スレイの名前を呼んだ。スレイはそれが心地よくて、ついまどろんでしまう。
まどろむというのもおかしな話だが。その表現がスレイの中にストンとしっくり収まったのだ。
その間に、ミクリオはスレイの方に歩いてきていた。靴をこつこつと硬く鳴らしながら、その一歩を惜しむようにゆっくりとスレイに近づいてくる。スレイはそのミクリオの表情にドキドキと鼓動を速めながら、なにか大事なことを忘れているなと首をかしげていた。
ついにミクリオがスレイの眼前に迫って、胸の高鳴りが最高潮に達した。立ち止まったミクリオは、じっとスレイを見て、そして、スローモーションで、スレイの顔にその整った顔を近づけてきた。
あ、とスレイが声を出したが、響く声は虚しく、ミクリオはスレイの中をそのまま通り抜けていった。
そう。文字通り。スレイの体を突き破って過ぎ去ったのだ。
スレイはぎょっとした。自分は幽霊になってしまったのだと、死んでしまったのだと思った。
しかしスレイはすぐに思い出した。忘れていた大切な何かを思い出したのだ。自分がマオテラスとともに眠りについたこと。そして、まだ自分が目覚めていないことが、ようやくはっきりと、記憶として自分の中に帰ってきた。
ミクリオは、ふらふらとスレイの後方を歩いていた。長く伸びた彼の髪は、ゆらりと、さらりと、静かな遺跡で冷たい温度を纏って生きていた。スレイは、その髪を素直に綺麗だと思った。見たことのないミクリオの、数段大人になった姿を目の当たりにして、スレイは彼に抱いていた想いを再認識してしまったのだ。
スレイの体を通り抜けたミクリオが、とん、ともたれかかったのは、幾何学模様の描かれた石の壁だった。拳を叩きつけるような恰好で、彼は壁と向き合っている。苔まみれの遺跡の壁に向かって、ミクリオは無言で幾度も壁を殴っていた。袖が汚れてしまうことなんてお構いなしだ。その姿は、もたれるというにはあまりにも痛々しい。
今度はスレイが、そのミクリオの姿をじっと見つめていた。
さっきまで彼が見ていたものが例え自分ではなかったとしても、この気持ちが一方的なものであったとしても、スレイはミクリオと目があったことが嬉しくてたまらなかった。それと同時に、どう足掻いてもミクリオに触れられないことが、悲しくて悲しくてしょうがない。
あと何年、かかるだろうか。触れたい。話したい。笑い合いたい。いろんな思いがスレイの中で交錯している。
「はやく、目を覚ましてくれ」
ずっと待っているから、と、彼が呟く言葉を聞く前に、スレイは再びまどろみに落ちていってしまった。
(20180419)