※バルバトスが芸能人してる要素がぼんやりある現パロ
背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからないのはいつものことだった。バルバトスの綺麗に整えられた爪が、理性に囚われずに突き立てられるのを、嫌だと思ったことは一度もない。求められれば毎日のように大衆に愛情を注ぐ、優しさを人の形にしたような恋人が持つそれ以外の部分を、剥き出しに出来るのは自分だけなのだという一種の優越感から来ているのかもしれなかった。そこに、バルバトスからの愛情を感じている。それだけではないと分かった上で、ソロモンはそれが好きだった。優しい恋人が、人に痛みや傷を与えることを抑えられないくらいぐずぐずに理性を溶かしてくれていることが、他のなにとも比べることの出来ない特別なことのように思えるのだ。
バルバトスはいつも、セックスをした後のソロモンの背中を見て、赤くなったそこに触れながら「すまない」だとか「ごめん」だとか、もしくはそれ以外の言葉でソロモンに謝る。痛いだろうと締め括られるそのたびに、ソロモンは「痛くないよ」と静かに笑った。そうすればそこでこの話は終わって、ようやく、体を重ねたあとの余韻に浸ることが出来るのだった。
近所のお兄さんから恋人になった彼は、今でもソロモンのことを「恋人」ではなく「近所のこども」のように見て接することがあり、ソロモンはそれが少し気に入らないと思っていた。もうすっかり大人の男になって、こうやって大好きな恋人を抱いているのに、バルバトスの目には子どもみたいに映っているのかと思うと子どもの頃の自分に対抗心を燃やしてしまう。さて、これは一体どうすれば。どうすれば大人の自分を見てもらえるのだろうか。どうすれば大好きな恋人の意識を、その記憶の中に住んでいる子どもの頃の自分から目の前にいるはずの今の自分に向けてもらえるだろうか。こんなことを考えているうちは、まだまだ子どもだと言われるのだろうか。最近はそればかり考えている。なんだか泣きそうになってきてしまって、ソロモンは気持ちを切り替えようとキッチンへ向かい冷蔵庫に手をかけた。ほとんどなにも入っていない冷蔵庫だが、飲み物のひとつやふたつくらいはあるはずだ。記憶も曖昧になるほど使っていない冷蔵庫の中身は、三日に一度やってくるバルバトスの管理下に置かれつつあるがそれくらい、勝手に飲んでもいいに決まっている。だって、自分の家の冷蔵庫なのだ。そんな思考を経て、止まっていた手を動かしてその扉を開けた。中は、今のソロモンの心とは正反対にがらんとしていた。
二日も前の夜のことを、昼になってもまだ考えている自分が女々しくて嫌になってくる。バルバトスにとって特別な、かっこいい大人の恋人になりたいのに、なれないことが悔しくてたまらなくてやっぱり泣きそうだ。
バルバトスが置いていった缶のお酒に手を出してしまおうかと思ったところで、傍に細い瓶が置かれていることに気づいた。ご丁寧に張り紙までされている。
『未成年の飲酒は禁止。これは俺からのプレゼントだ』
見知った文字が伝える言葉が、全部バルバトスの声で聞こえる。こんなラムネの瓶なんて、一昨日はなかったはずだ。何もかもを見透かされている気がして、一生かっこいい恋人にはなれないような気持ちを抱く。治りかけの背中じゃなくて、なんだか胸が痛い。痛くて苦しい。優しい近所のお兄さんの、変わらない優しさが記憶を通じて胸に刺さる。かっこいい恋人でなくてもいいと、頭を撫でられているみたいだった。結局は、自分がそうありたいのだ。世間を魅了するかっこいい恋人に、負けないくらいかっこよくありたいのだ。せめて、せめてバルバトスの中でだけでもそうありたい。ソロモンは、そうなれるようにと意気込んで、勢いに任せてラムネの瓶を開けた。一気に飲み干した炭酸の強いラムネは涙の味がした。
(20191221)
藤代のソロバルのお話は
「背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない」で始まり「炭酸の強いラムネは涙の味がした」で終わります。#こんなお話いかがですか #shindanmaker